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神の数式(以前にアップしたと思いますが、フィボナッチ競馬に関係が有りますので・・・?) 

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神の数式

---古代ギリシア人が神として崇めた完全数496は現代物理学のキーワード---

神の数式1「未発見の最後の素粒子・ヒッグス粒子の巨大加速器での劇的な発見」



 宇宙を解明する数式を、アインシュタイン・日本人ノーベル賞学者・湯川秀樹、朝永振一郎、南部陽一郎などの天才物理学者たちが紙と鉛筆だけで導き出した。新しい数式は、既成の概念で動いているコンピューターでは導き出せない。だから今も、新しい数式は天才たちが紙と鉛筆だけで導き出している。

戦中戦後の貧しい日本から物理学の天才が輩出したのは、才能と紙と鉛筆だけで出来る費用のかからない研究だからと言われている。湯川秀樹も朝永振一郎も戦時中の海外からの情報が断たれた厳しい環境の中で世界トップの理論を構築し、ノーベル物理学賞を受賞した。

原子を構成するものは電子と2種類のクオークとニュートリノだ。しかし、相対性理論と素粒子の数式で計算して行くと、それぞれの質量が0になってしまう矛盾が生じる。それを解決する方法として、南部陽一郎は「自発的対称性の破れ」を考えた。

NHKの番組ではそれを、尖った芯で垂直に立っている鉛筆は必ず倒れ、倒れる時に重さが生じると説明していた。これは、重力の生まれる仕組みを身近な鉛筆で視覚的に分かりやすく例えたもので、鉛筆が倒れる時の物理作用と混同すべきではない。我々は、重さは絶対的にそれぞれに備わったものと考えてしまうが、原子物理学での重さは、走っている時感じる風圧みたいなものだ。そのような南部の考えは、ワインバーグによって補強され、ヒッグス博士が提起したヒッグス粒子の存在を導き出す重要なきっかけになった。

「自発的対称性の破れ」を起こすものとしてワインバーグもヒッグス粒子を肯定したが、当初、ワインバーグとヒッグス粒子は学会から相手にされなかった。しかし、2012年に欧州原子核研究機構の巨大加速器によってヒッグス粒子が劇的に確認され、ヒッグス博士は2013年度ノーベル物理学賞を受賞した。

そのように記すと、ヒッグス粒子は極めて稀なものに思えるが、実際は人の体にも地球にも真空の宇宙空間にも、そこら中にびっしりと満ちている。例えば、電子などがヒッグス粒子で満たされた空間を移動する時の抵抗が重さになると考えられている。ただし、光子だけは抵抗を受けないので、質量ゼロのまま光速で飛び回っている。

ヒッグス粒子は宇宙の始まりで重要な働きをした。生まれたての宇宙では、質量ゼロの素粒子がバラバラに光速で動き回っていたが、ヒッグス粒子による抵抗によって質量を生じ、互いに引かれ集まって原子が生まれ、今の星々へ成長した。どこにでも、びっしり詰まっているヒッグス粒子を弾き出して検出するには、強力なエネルギーで陽子同士を衝突させることが必要だった。それで、巨大加速器の完成まで検出はできなかった。ちなみに、その時威力を発揮した高性能の検出機器は日本の浜松ホトニクス社製である。

ヒッグス粒子は膨大な実験を繰り返し、奇跡的に証明された。しかし、それで終わったわけではなく、その先にダークマターやダークエネルギーなど説明が難しい問題が山積している。今回のヒッグス粒子発見は、新たな素粒子物理学のほんの序曲に過ぎない。


神の数式2「宇宙はなぜ生まれたのか最後の難問に挑む天才たち」は、神の数式1以上にドラマチックだった。

アインシュタインの相対性理論は、数式の考察の過程で0次元の点の大きさしかないブラックホールの中心や宇宙の始まりには適応しないと分った。

その問題点に気づき、解決の糸口を掴みかけた一人がロシアの若い天才ブロンスタインだった。彼は貧しい家庭に生まれ、独学で物理を勉強した。彼は19歳で当時の殆どの物理学者が理解していなかった相対性理論と素粒子の数式を完璧に理解した。そして、二つを合わせて計算すると矛盾が生じることに気づいた。その解決の糸口を掴みかけた31歳の時、突然、ソヴィエトの秘密警察に逮捕された。そして彼は銃殺され、遺体は森の奥に密かに埋められた。その真相は今も謎だが、神の数式の解明はソヴエトに綻びを生じさせる危険思想に繋がると、スターリンに邪推されたからと言われている。

物理学の天才はアインシュタインを含め独学が多い。それは教えてくれる教師のいない未知の世界を行く学問だからかもしれない。相対性理論と素粒子の数式の矛盾の解決へは、長い年月、多くの学者によって続けられ、その中の優秀な物理学者シャークは自殺してしまった。

しかし、困難な解明はシュワルツとグリーンによって粘り強く続けられた。ある日、彼らが相対性理論と素粒子の数式を結びつけようと計算していると、重要な計算結果に突然、完全数496が現れた。完全数496は古代ギリシア人が天地創造の神の数字としてあがめていた神秘的な数字だ。この496が計算結果に現れたその時、実際に雷鳴が響き、そこに神の存在を実感したと彼らは話していた。

--完全数とはその数自身を除く約数の和がその数自身と等しい自然数のこと。例えば完全数6は、約数の和は1+2+3=6だから完全数となる。その完全数496を数式に当てはめてみると相対性理論から素粒子の数式まで矛盾なく氷解して答えが現れ、超弦理論として神の数式に近づいた。

超弦理論とは物理学の仮説の1つ。 物質の基本を小さな0次元の点粒子ではなく、超対称性を持つひものような一次元の弦と想定したもの。別名、超ひも理論と呼ばれている。この理論形成にも南部陽一郎は重要な役割を果たしている。この仮説の解明には、これからも多くの天才たちのひらめきや共同作業が必要で、その努力は終わることなく続きそうだ。

しかし、なぜ、古代ギリシア人は完全数496を宇宙創造の数と直感したのか。先端物理学が、古代ギリシアの神々と繋がることに神の意志のような深い真理を感じる。湯川秀樹が仏教に帰依していたように、なぜか物理学者の多くが、研究を極めるにつれ宗教に帰依する。完全数496が象徴するように、宗教や哲学と物理学の間には人の根源に関わる深い関係があるのかもしれない。

天才たちが導き出した理論はどれも、常人の理解を遥かに超越している。50年前、テルアビブ大の天才物理学者ヤキール・アハラノフと量子力学の祖ボームが共に予言した「アハラノフ・ボーム効果」など、とてつもなく不思議な世界だ。それによると、時間は遠い未来の宇宙の終末から現在へ逆に流れて、今の宇宙を形作っているらしい。過去から未来へだけでなく、未来から現代へも時間が流れているとは、実にロマンチックだ。

現代物理学が神の数式を見つけた、と拍手したのは、我々凡人の早とちりかもしれない。すでに天才物理学者たちは、その先に更に広大な未知の世界を予感していたはずだ。物理学の天才たちが宗教的になるのは、人の小ささと限界を直感しているからかもしれない。

驚くのは、宇宙の誕生のビッグバンの始まりは原子より小さな極小の点であったことだ。想像を絶する広大な宇宙が一点から始まるとは、いくら考えても理解し難い。それは、我々が認識できる4次元の思考で考えているから1点に見えるだけのことで、実は宇宙の始まりは10次元の世界だと説明されている。

次元が無数にあること以上に驚くのは、マルチバース=多元宇宙論の概念では、我々が属しているような宇宙が少なくとも10500乗個は生まれたと想定されていることだ。それら膨大な宇宙の殆どはダークエネルギーが大きすぎて、ビックバン直後、急速に膨張して星は生まれなかった。
 反対にダークエネルギーがほとんどなく引力を持つダークマターが多すぎると、宇宙は収縮しブラックホールになった。我々が属する宇宙は膨張エネルギーのダークエネルギーが程よく少なくてゆっくりと膨張し、物質を集めるダークマターが程よくあったので星が生まれた。

その貴重な我々の宇宙もやがて全ての星が燃え尽きて冷たく凍りつくか、あるいは、粉々に素粒子までに分解されてしまう。だとすると我々の属する今の宇宙は、広大無辺な大宇宙から見れば砂粒ほどに小さく貴重な存在となる。確かなことは、大宇宙は人の思惑のために存在しているのではない。人としては宇宙は再生を繰り返す、永遠な存在であってほしい。しかし、宇宙は人の痕跡を完璧に消し去り、暗黒の闇のまま永遠に眠り続けるかもしれない。いずれにせよ、我々はとてつもなく貴重な一瞬に生きているわけだ。


  最後までお読み頂き有難うございました。では、また。by fineteqint

by fineteqint | 2018-08-09 12:34 | Trackback | Comments(0)
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